『人生の目的』は人生最大の幸せを得ること。小さな幸せは無意味?!

この記事は約4分で読めます。

僕は、『人生の目的』はみんな共通だと思います。

たった一つ、『幸せ』になること。
死に際に「あぁ、この人生でよかった」と思えること。

これが人生の目的です。

お金持ちになるとか、
有名人になるとか、
そういうのは目的というより過程です。

死ぬ直前に後悔なく『幸せ』を感じる

あなたが死ぬ時のことを考えてみてください。

まだ元気なのに、
死に際のこと考えるなんて気乗りしませんか?

まぁ、それは仕方がないですが、
一度考えてみることをオススメします。

『死』というのは誰もが避けられないこと。
100%訪れる出来事です。

それがいつ訪れるかも全く予想がつきません。

「明日にはどうなってるかも分からない」

頭では分かっていても、
なかなか実感が湧かないと思います。

ただ、考えてみてください。

あなたが死ぬ直前、
「あぁ、あれもやっておけばよかった」
「これもやっておけばよかった」
「家族と過ごす時間を大事にすればよかった」
「もしできるなら、もう一度やり直したい」

たくさんの後悔を残したまま、
この世を去りたいですか?

守矢 竣三郎
守矢 竣三郎

死んでも死に切れんわ。

それで、いつ死んでも大丈夫ですか?

私の人生の目的は、
世界的に有名になることです。

俺の人生の目的は、
フォーブスに載るくらいの金持ちになることだ。

僕の目的は‥…

あたしの目的は……

みんな何かしら答えてくれますが、
それらは果たして人生の“目的”だろうか?

屁理屈に聞こえるかもしれませんが、
じゃあ、あなたは世界的に有名になったら人生が終わっても幸せですか?

長者番付に載るくらい金持ちになったら、
いつ死んでも何の後悔もありませんか?

そんなわけないですよね。
むしろ、そうなってからですよね。

あくまでそれらは
人生を幸せに楽しむための“過程”に過ぎないのです。

人生最後の日に、
「あぁ、これまで生きててよかった。」
「最高の人生だなにも思い残すことはない」
「とっても幸せだった」

そうやって笑うことが、
人生の目的になるんじゃないでしょうか?

なぜ「存在」するのか?

疑問と回答をひたすら繰り返していくと、
だいたい解決不能な1つの疑問にぶち当たります。

「なぜ、無ではなく何かが存在するのか?」

僕が初めてこれを考えたのが高校生の頃でした。
未だにこの答えは見つかっていません。

ネットで調べてみると、
昔から多くの哲学者なんかが悩んでいたみたいですね。

ちなみに、当時いろいろ悩んでいて、
最後に降って湧いたのがこんな問いだったんです。

もう、解決のしようがないじゃないですか。

どん底に暗い気分でしたよ。

こんな変なこと、考えない方がいいですよ。
マジで。

で、いろんな話を聞く中で、
違う形で解決することにしました。

何考えたって今、自分は存在しているのだから、
最高に楽しく幸せになろう!

まぁ、根本的に解決できたわけじゃないけど、
これですべてスッキリしたんです。

この世の中の事柄全てが、
なぜ存在しているのかは分かりません。

でも、存在している以上、
楽しくやらなきゃ損じゃないですか?

いくら考えても分からないことで悩むより、
今自分がここにいることを認めて幸せをつかんだ方がいいです。

どうせ死ぬまで考えたって分からないんだから、
そんなもの考えるだけ無駄。

自堕落な幸せはダメ

死ぬ直前に「幸せだった」と思いたいなら、
自堕落な幸せを掴もうとしてはいけません。

「幸せならいいんでしょ?なら、ニートになるわ。」
「なんもしなくていいから幸せでしょ?いつ死んでもいい。」

こんな自堕落で安価に手に入る幸せは一時的なもの。
その瞬間は楽しいかもしれないが、
人生単位で見ると虚しく、悲しく、辛いものになるだろう。

僕が言いたいのは、
「今、この瞬間楽しいか?」ということではなく、
5年先10年先に自分の道を振り返って、
「やりきった!これほど楽しいことはない!」
と思えるか。

人生の目的って、
今すぐ手に入る小さな幸せをかき集めることじゃないと思うんです。

人生単位で、
全部まとめて見たときに幸せだったかです。

後悔はないか?
やることやり切ったか?
人生最後の日、納得して死ねるか?

今を全力で生きなきゃ、
人生の目的である“大きな幸せ”にはたどり着けない。

人生の目的は幸せになること。

でもそれは、
すぐ手に入る小さな幸せではなく、
10年先に自分の道を振り返った時、
「よかった」と思えるほどの大きな幸せ。

ここに目を向けて生きたいですね。

コメント

タイトルとURLをコピーしました